母としても考えました。

父として考える (生活人新書)

東 浩紀 / 日本放送出版協会


これも先月読んで、久しぶりに人に薦めたくなった一冊。
たまたま同時期に娘の父となった二人の言論人の対談です。

それぞれの思想が、父としての視点が加わったことでどう変わったのか。
家族、社会、教育、民主主義といったテーマで議論が交わされています。

宮台さんの著書や雑誌の寄稿などはいくつか読んだことはありましたが、東さんに関しては恥ずかしながら何も知りませんでした。しかし、それまでの二人の仕事、著作をあまり知らない私でも興味深く読み進められました。

特に社会、学校の均質化がもたらす問題と現代人の「必然性信仰」についての議論は、今の私に非常に腑に落ちました。

前者の問題に関しては、どこに住むかという選択がこれからのそらちんたちの成長に大きな影響をあたえるのだということに自覚的であるべきこと、一方で、「必然性信仰」の議論から、その「選択」についてはあまり怖れなくてもよいのだということ、大いに納得できました。

この「必然性信仰」、少し長くなりますが、是非ご紹介したいので引用します。
(以下、本文182〜185ページより一部抜粋)

宮台
 僕はかつてテレクラや伝言ダイヤルを調べて「必然性信仰」が生まれる背景を理解しました。人口学的には性愛のパートナーとなりうる存在は日本だけでも数千万人はいます。自分の居住地から半径五キロ圏内にだって都心だったら万単位はいる。合理的に考えれば、目の前の相手よりも良い相手がいるに決まっていて、必然性を感じるのは無理です。
 でも、このことに固執すると「ホームベース」がつくれないので、関係の履歴によって入れ替え不可能性をつくり出すこともできません。「ホームベース」をつくることは、偶発性に抗って「決断」することと同義です。必要な「決断」を「必然性信仰」によってスポイルするのは、論理的に間違いです。こうした袋小路に入り込んだひとが多すぎます。
(中略)

 人生の必然性は自らつくっていくものであって、そのためにはどこかで必然性にとらわれない決断を下すほかない。だから逆に、いちど決断したからといって、それに囚われる必要もないはずなんです。ダメだと思ったら他の選択肢に切り替えればいいし、なんどもトライアンドエラーを繰り返し、そこそこのところで「これが自分の人生だったんだ」と必然性の思考に切り替えればいい。というよりも、人間はそういう生き方しかできない。
(中略)
 そもそも子どもの誕生は、親にとっては本質的に偶然なはずです。いくら計画的に子どもをつくったと言っても、どの精子がどの卵子に受精するかなんてわからない。けれどもそれは子どもにとっては運命そのものです。子育てもまた、そのようなズレの積み重ねなんですよね。親が無意識に選択した行為が、子どもにとって必然になっていく。住居にしても学校にしても。
 そういう経験はとても貴重だと思いますね。
宮台
 テレクラ云々と言いましたが、ひとは「偶発性」にさらされるほど、「恣意性」を意識せざるをえなくなる。そして「恣意性」を意識せざるをえなくなると、動かない土台の上に自分を構築したがるひとほど「不安」になる。そして「不安」になるひとほど「必然性」を求めるようになります。
 『サブカルチャー神話解体』に書きましたが、ひとを過剰な偶発性にさらすアーキテクチャに強いられる形で、偶発性に免疫がないひとたちがそうなってしまっているだけの話です。僕的に言えば、「必然性信仰」は、偶発性に免疫性がないことを示すヘタレの証です。要は、なにもかも偶発的でいいんです。なにもかも適当でいいんですよ。
(以下略)


お二人はパートナー選択について話しておられますが、同様に、職業選択、いわゆる「天職を見つけること」「自分らしい仕事探し」においても現代の日本人が陥りがちな「信仰」なのではないかと思いました。

つまり、実は一部の特別な職業、特別な才能のある人を除いて、殆どの普通の人々は「代替可能な」労働力でしかなく、そんな普通の私たちは「関係の履歴によって入れ替え不可能性を」作ることによってしか「天職」「自分らしい仕事」は見つけられないのではないでしょうか。「必然性」に囚われず自分で「決断」して選択すること、そして最後に「必然性思考に切り替える」ことで結果として「これが自分の仕事なんだ」と納得する。本来、「天職」とは、そして人生(「自分らしい生き方」探し)とは、そういうものなのではないかと思いました。

そして私が最も印象に残ったのが東さんによる前書きの一節です。
「父として、つまりは子どもという他者の生に全的に責任を負う存在としてあらためて対峙してみると、もはや抽象的な思想や問題について言葉を交わすことそのものが空疎に感じられるようになった。皮肉でしかないが、それこそがもしかしたら、『父として考える』と題されたこの対談集の核心の結論なのかもしれない」(pp8-9)

東さんのような職業の方がこう告白するのは、とても勇気のいることではないでしょうか。正直な方だなと、この部分でとても好感を持ちました。

すぐによーへーさんにお薦めして彼も先日読了。内容についていろいろな話をしたら、共通認識もあり、お互いの理解の仕方や感想が違いもあり、なかなか面白い会話がもてました。
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by osorae | 2010-09-11 05:21 | 私の読書日記 | Trackback | Comments(0)

私(りか)と夫よーへーさん、娘のそらちん&おはるの四人家族。そのどうってことのない日々のあれこれ。


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